* 針金の日本史 * →ワイヤーの世界史
日本にも、大変古くから針金と針金細工が存在していました。
各地に残る古墳時代の遺跡からは、青銅や銅を細く削って作られた針金状の金属が多数出土しています。奈良時代には金属をたたいて延ばす加工技術も確立し、装飾品や仏具などに広く使われていたようです。その後、鉄製の針金は武具・針などの実用品に、金・銀針金は装飾品に、銅の針金は篩や金網など、様々な用途に使われていきました。

14世紀頃には、ダイスと水車を使ってワイヤーを大量生産する技術が普及して、棒から銅線を作るようになり、19世紀初頭になると全国各地で大規模に産業化されました。明治初年には電線用などに細い銅線がごく普通に使われていたことから、その頃には製造技術が確立していたと考えられています。

針金細工については世界各地と同様、貴族階級の装飾品として作られてきました。刀剣の飾り等に素晴らしい作品が現存しています。
その後伝統工芸から生活雑貨まで、独自のスタイルで発展した針金細工の数々が日本各地で作られています。

秋田・銀線細工
約200年もの歴史がある秋田の代表的な伝統工芸「銀線細工」。
独特の繊細で優美な技法により、アクセサリー・帯留めなどが作られています。銀線だけがもつ金属の柔らかさと、上品な色艶を生かした大変美しい工芸品です。

歴史
江戸期の秋田藩には、領内にいくつかの銀鉱山があり、刀鍔など武具装飾や簪など装身具の細工物が大変発展しました。起源については諸説があるようです。
・オランダ人が平戸に貿易品として持ってきた銀細工の技法を導入した
・秋田藩主佐竹義信公が常陸から秋田に移封時に、金銀細工師がお伴してきた
・秋田藩と平戸藩の江戸屋敷が隣り同士で、技法が秋田に伝わった
(工程途中の「うずまき状銀線」を「平戸」と呼ぶ)
工程
材料は純銀線(0.2〜1.5mm)。使う道具はローラーのみ。
細い銀線をより合わせさまざまな形に巻いて、輪郭の中にはめ込んでいきます。総ての工程は非常に細かな手仕事で行われます。

1)銀線に熱を加えてなます
2)数本より合わせ、ローラーでプレスする
3)よった銀線を曲げ、図面に合わせて形を作る
4)外枠(葉や花びら形など)にはめる
5) バーナーで熱してロウ付けする
6)希硫酸水溶液に浸し、汚れを落とす→「色上げ」
7)磨いて完成

京都・金網細工
京都で現在も作られている手編みの金網細工。使い勝手の良さと張り替えができる点から、根強い需要があるとのこと。
釘を打ち付けた台を使い、釘に合わせて針金を編んでいく技法は、針金をねじる間隔を自由に調整し、好みの網目を出すことが出来ます。
豆腐すくい、焼き網、茶こし、うらごし器など、一つ一つがていねいな手作業で作られています。

青森市「ねぶた」
青森の夏を彩る大祭「ねぶた」。人形をかたどった3次元の立体を載せた巨大な山車が、街中を動き回ります。提灯のように中には電球が仕込まれ(昔はロウソク)、勇壮で幻想的な風景を作りだします。
このねぶたの骨組みはまさに「針金細工」。針金で作られたフォルムの上に和紙を貼って作られたものです。

但馬・浜坂の針
ワイヤークラフトとはやや異なりますが、針もワイヤー製品の一つ。
兵庫県浜坂町では古くから針金を生産し、その後製品として針を製造し、全国に広く流通 させてきました。
今でも往時の大店が街のあちこちに 残っているそうです。

線栽
伝統工芸ではありませんが、250年以上続く刃物の街、兵庫県・小野市 特殊鋼線製造メーカー「トクセン工業」にて、針金で盆栽を作る「線栽」という技術が開発されました。
撚り線を使った繊細な細工によって、様々な樹型を見事に再現されています。